🎥沖雅也さんの部屋

出典 : 「俺たちは天使だ!」/読売新聞社

このページでは、俳優の沖雅也さんについてまとめてみます。もう、お亡くなりになってから随分と経っていますが、今でも伝説のように語られ、亡くなられた後に生まれた若いファンの方々が語り継いでいるとのこと。カーマニアで料理上手な雅也さん、とても素敵な人でした。
沖雅也さんの基本情報

芸名>沖雅也(おき まさや)

本名>

1952~1975年 / 楠 城児(くすのき じょうじ)

1975~ / 日景 城児(ひかげ じょうじ)

職業>俳優・ファッションモデル

生年月日>1952年(昭和27年)6月12日

命日>1983年(昭和58年)6月28日

出身地>大分県別府市

身長>183cm

血液型>B型

最終学歴>通信制高校卒業

デビュー作>「ある少女の告白・純潔」

星座>双子座

誕生石>ムーンストーン、パール(健康・富・長寿)

西洋の誕生花>バラ(愛・美)

日本の誕生花>ライラック(思い出・友情・謙虚)

結婚歴>なし

死因>投身自殺

 

本名が2つある事について

 

雅也さんの本名は城児さんですが、姓は2つあります。

それは、実の父親の姓である楠さんの時期があるのと、父親が亡くなってから養子縁組をした日景忠男さん(評論家・TVコメンテイター・実業家。雅也さんとの出会いをきっかけにJKプランニングを設立)の姓である日景さんの時期があるからです。

 

雅也さんの大分のご家族(楠さん)は裕福な家庭ではあったのですが、父親が事業に失敗し、その後、両親が離婚(事業の失敗が原因ではない)。

父親との生活を選択するもうまくいかず、中学3年の1月に家出をしました。

 

生前、雅也さんが仰っていたのは、お父様がかなり厳しい方で、お母様に対する接し方などを見ていると辛くてたまらなかったとのお話。

ご両親の離婚前から、お父様と雅也さんはうまくいっていなかったと私は記憶しています。

 

そして、仕事を転々としながら実業家の日景さんと出会い、同居生活をスタート。

その後、お父様の死を境に日景さんと養子縁組をしました。

 

日景さんは雅也さんの死をきっかけに残酷なほどの誹謗中傷を浴び、本当にお気の毒でした。

そして事業がうまくいかなくなり、色々とテレビニュースになっていましたが、雅也さんが生きていたら違った人生を歩んでいたのかも知れませんね。

 


気になる嫁さん 第22回から ~ 石立鉄男と沖雅也

学歴について

 

雅也さんは中学校の卒業式の前に家出をしてしまったので、中学校中退と言われています。

ですが、実際は卒業式に出席していなかった事実はあるものの、中学校側で卒業手続きをしてくれている事でしょう。

 

家出をした雅也さんは年齢を偽り(当時はバイトに身分証明書が不要でした)、住み込みのアルバイトを見つけて生活をしていました。

私がテレビを通して雅也さんから聞いたのは、「仕事を転々として、最終的にはバーテンダーを」やっていたというお話だけ。

 

これも、日景忠男さんによると「(生活のために働いていた)ゲイバーで知り合った」という事なので、厳しい芸能界で生き抜くために「バーテンダー」と仰ったのでしょう。

Wikipediaさんを見てみると、中華そばやさんやカステラ工場でもバイトしていたようですよ。

 

モデルとしてスカウトされるも、仕事はあったり無かったり。

当時は、女性モデルには高額なお仕事がたくさん入ったようですが(モデルさんにもよるのでしょうけれど)、男性モデルは、わりと有名な人であってもなかなかモデル業だけでは生活できなかったそうです。

 

そして、俳優としてデビューしたのが16歳の頃(1968年)。

それまでは大分舞鶴高校中退ということにしていたのですが、ホテルニューオータニで行われたレセプションで王子中学校の校長先生から卒業証書を受け取り、中卒と言う事を公言。

 

その後、仕事やバイトをしながら通信制の高校を卒業しました。

忙しい中、卒業まで大変だったんでしょうね。

今は通信制高校でも3年制の高校もありますが、当時の通信制高校は4年生しかなかったでしょうし、当時の芸能事務所は仕事第一主義。

今の芸能事務所のように、学業を優先させてはくれなかったと聞きますから。

 

料理好きとカーマニアの一面

 

沖雅也さんは料理好きで、お休みの日には料理に腕を振るっていたそうですよ。

また、生前、カーマニアで有名だったこともあり、雑誌に愛車と一緒に撮影した写真を掲載する事がよくありました。

 

料理については、随分前に芸能人の料理を紹介する料理番組(すみません、番組名を忘れました)があり、その番組で美味しそうな鶏肉料理を作っていましたよ。

ハーブや香辛料を使い、鶏肉は見事なきつね色をしていました。

 

その料理番組で私の記憶にあるのが、雅也さんの手際の良さと眩しいほどの笑顔。

当時はクイズ番組に芸能人が出演する事は多かったのですが、今のようにバラエティ番組に出演する俳優さんは少なく、「徹子の部屋」や「笑っていいとも」などの番組で見ない限りはなかなか素顔を見ることはできませんでした。

 

そんな数少ないチャンスの一つだったのが、この料理番組。

演技ではない、素の沖雅也さんを見ることができました。

自然な笑みを浮かべながら料理をする姿に、とても親近感を感じたんですよ。

 

そして、番組内で司会者さん(?)が「普段からこんなに手の込んだ料理をなさるんですか?」といったような質問をすると、休みの日にたまにする程度だと話し、「たまにしか作らないから、料理にこだわってしまうんですよ」という感じのお返事をしていました。

 

多忙な毎日で料理をする機会は少ないため、その貴重な時間で料理を楽しんでいたんですね。

きっと、メニューや作り方を考えている時も楽しかった事でしょう。

 

また、カーマニアとしても有名で、休みの日には念入りに車を磨いていたそうですよ。

車には、大体誰かと一緒に乗る事が多く、プライベートでも一人で乗る機会は少なかったと言われています。

 

私が子供の頃に読んだ雑誌の特集には、たしか、沖雅也さんは寂しがり屋さんだったらしく、「一人でいるのが嫌だ」と書かれていたと記憶しています。

いつも誰かと一緒にいたいという気持ちから、車を運転する時にも、家族や友達とのドライブとなっていたのでしょう。

 


土曜ワイド劇場 沖雅也追悼作品 母に捧げる犯罪 1983.7.9

同性愛者疑惑について

 

同性愛者疑惑についてはっきりと言えることは、沖雅也さんは同性愛者ではないという事です。

養父の日景忠男さんは同性愛者である事を公言し、美少年評論家という異名を持っていたことから、日景さんが沖雅也さんの自殺に関係していたのではないかとマスコミが勝手に騒ぎ立てていましたが、日景さんの同性愛と雅也さんの死は無関係です。

 

日景さんは実際に雅也さんを恋愛の対象として見ていたことがあったそうですが、雅也さんは「女好きだった」と話しています。

そして、雅也さんの仕事への真っ直ぐな思いを目の当たりにし、日景さんにとって雅也さんは恋愛の対象ではなくなったのだそうです。

 

雅也さんを「俳優として売り出す」という、同じ目標を持つ運命共同体だったのでしょう。

雅也さんのために芸能事務所を設立し、日景さんは「黒子」として頑張っていらっしゃったのですから。

 

雅也さんにとっては日景忠雄さんは大切な家族で、実の父親からの愛情を希薄に感じていた雅也さんは、日景さんとの親子生活でどれほど温もりを感じていた事でしょう。

日景さんによると、

 

本質的には、彼はホモではなかったのです。それどころか大の女好きでした。東名高速で、事故を起こしてからは、彼は自分で女の子を探す気力もありませんでした。

(「真相 沖雅也」/日景忠男著より抜粋)

 

と、恋愛関係を否定しています。

 

投身自殺について

 

昭和58年6月28日午前4時59分、東京・新宿にある京王プラザホテルの最上階(47階)から、沖雅也(本名・日景城児、31歳)が飛び降り自殺を図った。ガードマンの「待て!」の声を振り切った沖は、後ろ向きのまま体を崩して、128メートル下の7階にあるプールサイドに落ち、全身を強打、即死だった。

(「真相 沖雅也」より)

 

自殺の原因については様々な情報が飛び交っていますが、躁鬱病が第一の原因だと考えられています。

また、藤田まことさんによると、沖雅也さんと話している時、話が突然に飛んでしまうなどの症状が現れていて、精神的に不安定だったと話していたので、それも躁鬱病の症状だったと考えられます。

 

元々、何度か日景さん宛ての遺書を書いていた事があったそうですが、この日、とうとう投身自殺をしてしまいました。

いつも苦しくて、迷っていたのでしょう。

日景さんのお話によると、当日も迷っていたのかも知れません。

 

実は、自殺の前に、雅也さんは宿泊していたホテルにホテトル嬢を呼び(以前から知っているホテトル嬢を帰した後、再び他のホテトル嬢を呼びました)、その女性に封筒を渡したのですが、その封筒が日景さんに届くことはありませんでした。

 

その手紙について、日景さんは、

 

その(封筒の)中には、京王プラザにいることを私に伝えてくれるようにという手紙が入っていたような気がしてなりません。

でも、そのホテトル嬢は、私にその手紙を渡してくれませんでした。

沖にしてみれば、私がすぐに迎えに来てくれて、叱りながら家に連れて帰ってくれるはずだと思っていたのでしょう。

それが迎えに来てくれない・・・。

(「真相 沖雅也」より)

 

と、ホテトル嬢に渡された手紙が雅也さんの命綱であったのではないかと、悔やんでならなかったそうです。

そして、その後、日景さんは3通の遺書を手にすることとなりました。

 


俺たちは天使だ! 予告編

沖雅也さんが残した3通の遺書

 

沖雅也さんは、この死に関してだけではなく、過去にも遺書を書いた事はあったそうです。

ですが、日景さんは雅也さんが結果的に「生」を選択した時の遺書を公開することは無く、この投身自殺に関する遺書を3通、「真相 沖雅也」の中で公開しました。

 

1つめは京王プラザホテルに遺されたもの、2つめは雅也さんの部屋のサイドボードから見つかったもの、3つ目は、ベッドを移動したときに出てきたものです。

 

京王プラザホテルに遺された遺書

今・・・・

プラザホテル様へ

大変申し訳なくおゆるし下さいませ。

 

つかこうへい様

あなたの名、つかを使いし僕をゆるせるものならおゆるし下さい。

人は病む。いつかは老いる。

死を免れることはできない。若さも、健康も、生きていることも、どんな意味があるというのか。

人間が生きていることは、結局何かを求めていることにほかならない。

老いと病と死とを超えた、人間の苦悩の全てを離れた境地を求めることが、正しいものを求めることと思うが、今の私は誤ったものの方を求めている者。

<便箋裏>

おやじ 涅槃で まってる

             沖雅也

 

日景忠男さんは、雅也さんの遺書について、ひらがなで書かれた部分をそのまま公開なさっているので、私も漢字に直すことなくそのままご紹介いたします。

 

なぜか最後の「おやじ涅槃でまってる」という文だけが雑誌や新聞で挙げられ、特に雑誌では好き勝手な事が書かれていましたよ。

まるで現生で叶わなかった想いを、涅槃で叶えようとでも言っているかのように・・・。

 

2つめの遺書は葬儀の夜に見つかったものです。

茶色の封筒を切って作った用紙に、青いサインペンで丁寧に書かれていたそうです。

 

自室のサイドボードから見つかった遺書

私は生きる気力を失い苦しさに負け、死を選びます。

私の死は、私自身の人間としての問題で有り、沖雅也としてではなく日景城児として、死んでいきます。

一、日景家一同様、名を汚して申し訳ありません。許してください。

一、日景忠男殿、あなたに受けたあたたかい思いやり、身にしみて感じておりました。一五年、大変お世話になりました。楽しい日々でした。お元気で、ありがとう

 

3つめの遺書は、葬儀が終わって3日目後くらいに見つかったそうです。

模様替えのためにベッドを移動したところ、ベッドのわくとマットの間から落ちたのでした。

2通目と同じように、茶色の封筒を切ったものに青いサインペンで書かれていました。

 

ベッドから出てきた遺書

私 沖雅也は、生きていく

気力を失い自殺します

この自殺は私個人の問

題で有り人をきづつけ

た私のせめてものおわ

びです、死という弱い

ひきょうなことでしかおわびの

方法を知らない私をおゆるし下

さい

他人にめいわくのかからぬ様死

にたかった

<裏へ続く>

 

日景忠男殿

あなた様のこの一五年の心苦

いかばかりか さっするにあ

まりあります

あなた様から受けた人世道、人

間道、身にしみて、心より感謝

いたします

一心同体で歩いてきた道ですが

途中で逃げ出す私をおゆるし下

さい。あなた様に何もしない

で何も言わないで死んでいく

私を、おしかり下さい。

私のごとき男がそばにいては

あなたの人生がダメになりま

す

有りがとうございました

お世話になりました。

(原文をそのまま記載)

 

これらの遺書は、もう廃版となっている書籍、「真相 沖雅也」/日景忠男著(ワニブックス)より抜粋しました。

実の家族とうまくいかず家出をしてきた雅也さんにとって、養父・日景忠男さんは本当に大切な家族であり、亡くなった後に見つかった彼のアルバムには、日景さんのご両親の写真が貼ってあったそうです。

日景さんのご両親を含めて、実の家族のように思っていたのでしょう。

 

子供の頃の私と沖雅也さん

 

ここからは個人的なお話になります。

興味があったら読み進めて下さいね。

 

私が子供の頃、沖雅也さんは大学生役で連続ドラマにご出演していました。

その後はハードボイルド的なイメージが強くなりましたが、当時は今で言う爽やかキャラだったんです。

 

特に好きだったのが、岡崎友紀さんと共演していた「小さな恋のものがたり」。

同じタイトルの漫画を実写化した30分ドラマでした。

 

その中で、当時のトップアイドルだった岡崎友紀さんが高校生のチッチを、沖雅也さんが大学生のサリー役を演じていたのです。

岡崎友紀さんの大ファンだった私は、岡崎友紀さんが出演していたドラマを全て見ていたもので、この「小さな恋のものがたり」も楽しみに見ていました。

 


小さな恋の物語  岡崎友紀

 

子供の頃の私は家庭の事情もあり、精神的に苦しい時期だったもので、大学生役の雅也さんの笑顔がとても眩しく感じたんです。

皆さんには大げさに思われるかも知れませんが、それは地獄の中に差し込む一筋の光のようでした。

 

私よりもずっと年上なので、異性やアイドルを見る感覚では無かったのですが、ただただ、雅也さんの爽やかな笑顔が私の元気の源でした。

このドラマを見ている時に、心の中いっぱいに幸せが広がっていくのを感じていたんですよ。

 

だから、沖雅也さんの自殺がニュースで報道された時、私の中で衝撃が走りました。

そのニュースを夢だと思ったりもしました。

雅也さんが死ぬはずない・・・・と。

 

葬儀の後、学校で同級生が私に言いました。

「日景忠男とデキてたから、恋人が死んで日景忠男があんな泣き方をしたんじゃないの?あの泣き方は異常だよ」と。

 

おそらく、そんな話を友達に吹き込んだのは友達のご両親だと思います。

私は日景さんの泣き顔をテレビで見ました。

その映像は何度も何度も、毎日毎日繰り返し、流れていました。

 

本当に悲しそうにしている日景さんを思い出すと、笑いながらそんな話をする友達が許せなくなり、

「恋人とか関係なく、大切な人を失ったら悲しいに決まってるじゃない!あんな風に泣くのは当たり前でしょ!例えば自分のお母さんが死んだら、あんな風に泣いてしまうんじゃないの?」と、言い返しました。

 

友達はそれ以来、私に沖雅也さんの話題をしなくなりました。

私は沖雅也さんの光に支えられて成長し、様々な辛いことを乗り越えていたのですから、雅也さんの死を境に光を失ったようにさえ感じていました。

 

世間は残酷です。

日景さんや雅也さんの事を好き放題言っていました。

でも、人生の支えを失った日景さんは後追い自殺はしませんでした。

 

それは、日景さんが自殺をすると、さらに沖雅也さんに関する作り話が世間を駆け巡るだろうから。

日景さん以外、誰もその勢いを止める事が出来ないのだから。

 

2015年2月、日景忠男さんはお亡くなりになりました。

その時にまた話題になったのが「おやじ 涅槃でまってる」という遺書。

 

当時の事を知っている人たちが寄せた言葉は温かく、「沖雅也さんに会えていたらいいですね」と、もう、そこには過去の残酷な言葉は一言もありませんでした。

 

また、雅也さんが亡くなってから、一時的に光を失ったかのように思えた私ですが、「俺たちは天使だ!」を久しぶりに見てみると、クールでユニークな雅也さんの演技に、再び光を見ることができました。

 

そして、雅也さんの死後に生まれたファンがたくさんいる事も知りました。

伝説のように感じている人もいれば、雅也さんに憧れる男子高校生もいて、そんな若い人たちを見て、私は沖雅也さんが今も生きているように感じることができました。

 

沖雅也さんの光は永遠にファンを照らし続けることでしょう。

これからもずっと。

 


誰もいない海 岡崎友紀

 

参考サイト : wikipedia

参考文献 : 「真相 沖雅也」 / 日景忠男著(ワニブックス<廃版>)




 


 

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